
「参入障壁」と「移動障壁」
住宅事業は“産業構造と競争構造の差分を理解して動くか”でパフォーマンスが大きく変わる業界です。なぜ同じ商圏、同じ住宅価格帯で、ある工務店は勝ち続け、ある工務店は消耗戦から抜け出せないのか。この差の本質は「優秀さ」ではなく「構造」にあります。特に知っておくべきが、ビジネス戦略論で語られる「移動障壁」と「参入障壁」です。
参入障壁とは
参入障壁とは、これから住宅市場に“入ろうとする”企業に対して立ちはだかる壁です。住宅建築業は、資格制度、検査制度、行政手続き、構造計算、施工体制、安全管理など、規制が多い産業です。さらに、土地探し・融資・税制・ZEH・長期優良住宅・性能表示など、顧客サイドでの意思決定も難しい。結果として「施工する」以外の部分の専門知識/組織整備が求められ、簡単に参入できない。これが参入障壁です。この参入障壁が高いほど、業界全体の新規競争は緩やかになり、既存プレイヤーは比較的安定しやすくなる。工務店はこの参入障壁の高さによって、モデルの寿命をある程度守られている側面があります。

移動障壁とは
対して移動障壁は、同じ業界内の別のポジションに「移ろうとする」時の壁のことです。
例えば
・地域ローコスト住宅 → 中高級デザイン住宅
・建売主体 → 注文住宅主体
・性能発信型 → 世界観ブランド型
・下請施工工務店 → 元請工務店
・小商圏特化 → 広域商圏展開
これらの方針変更により、戦い方が変わります。この移動は簡単ではない。マーケ戦略・顧客層・施工体制・仕入・原価構造・組織能力・ブランド構造が違うため、壁が立ちはだかる。これが移動障壁。工務店の多くが「自社はこのままだと厳しい」と薄々わかっているのに、戦略転換が遅れる理由の大半はこの移動障壁の高さによるものです。

工務店経営は移動障壁の戦い
現状の住宅市場は動きが速い。人口構造の変化、資材調達の構造変化、性能義務化、補助制度、金利、金融機関の姿勢、そしてデジタルでの認知形成の仕方。「同じポジションに居続ける」のは、むしろリスクになりつつあります。しかし、次のポジションに移ろうとした瞬間、ほぼ100%強い痛みを伴う。
・原価体系の作り直し
・施工標準の再定義
・モデルハウス世界観の作り直し
・顧客期待値の再規定
・発信コンテンツの刷新
・営業プロセスの再構築
・採用の再定義
・教育設計の再構築
これをやらずに、「ひとまず広告強化だけで売上を作る」方向に逃げていくと、消耗試合に突入します。移動障壁は“努力の量”の問題ではなく、“構造の変換”の問題なのです。

「参入障壁を利用しながら」「移動障壁を超える能力を持つこと」
参入障壁のおかげでこの業界は簡単には壊れません。しかし、移動障壁を越えられない経営者は、構造変化に飲まれていきます。工務店経営に必要なのは、参入障壁の高さに守られながら、移動を実現する能力。
・定義の書き換えに抵抗せず
・捨てることを許容し
・顧客像→世界観→勝ち方を再設計する
これを戦略的に進められる工務店だけが、次の市場構造でも優位を取れる。
参入障壁は「外から守ってくれる壁」。移動障壁は「内部変革を難しくする壁」。この二つの構造を理解せず、戦略を語ると必ず詰みます。工務店の中期戦略とは、参入障壁の高さを味方にしながら、移動障壁を突破するための設計です。「今の勝ち方を前提に次を作る」のではなく、「次の勝ち方を前提に今を再編する」こと。この捉え方をできる工務店が、次の10年で勝ち残るはずです。